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不可解! 東通原発活断層評価書,生煮えのまま原子力規制委員会へ

 原子力規制委員会有識者会合による青森県東通原発(東北電力)の敷地内活断層評価作業が始まったのは,平成24年11月のことである.以来,26年12月まで12回の評価会合と4回の現地調査が行われ,評価報告書(案)が取り纏められた.最後の12回会合では,報告書はあくまで参考資料扱いに留まる旨事務方からダメ押しされた.平成27年2月にはそれがピア・レビューにかけられて正式の報告書となり,同年3月には第65回原子力規制委員会に提出された.何とも慌ただしい不可解な幕引きであった.
 私は,この2年余りの間,評価会会合を注視し続け,有識者らをアシストするために9通(70ページ余り)の純科学的コメントを送り続けた.敷地内には活断層と疑われる“第四系変状”なるものがあり,それらの数は観察地点の40%ほど達する.これは異常である.東北電力は“第四系変状”を風化・劣化に伴う岩盤の膨張で形成されたと主張した.しかし,彼らが唱える膨張のメカニズムは次々と破綻し,膨張の確かな証拠も提出できなかった.そのため,“第四系変状”が活断層ではないという東北電力の主張の根拠も崩壊した.そして,“第四系変状”が確かに活断層とそれに随伴する変形であるとみなして何ら不都合がないことも明らかにした(詳細は東通原発の活断層評価を参照のこと).
 しかし,有識者の中には物質科学や力学などの基礎知識を欠く委員も居たのに加え,それ以上に基礎知識が乏しい事務方が評価報告書の文案を作成したためか,大変不十分で締りのない報告になってしまった.最終責任は評価会合の石渡委員長にあるはずだが,これといったリーダーシップを発揮することもなく,生煮えのままの評価報告書を原子力規制委員会に提出したのである.なぜこのような経緯になったのか.誠に不可解である.またぞろ原子力ムラの動きが始まっているようだ.
 
 
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Thinking, Fast and Slow

 上のタイトルは2011年にDaniel Kahnemanによって書かれた本の題名で,2014年に村井章子によって訳され,「ファスト&スロー」という題名で早川書房から出版された.この著者は心理学者だがノーベル経済学賞の受賞者という変わり種だ.経済学では原子のように皆同じように行動する“エコン”という人間を仮想して理論を組み立てるそうだが,そんなことはないよということをこれでもかこれでもかと経済学者達に突きつけて大きな影響を及ぼしたという.
 さて,人間の頭の働かせ方には“fast”と“slow"という2種類があるという.fast頭脳は,パッと見て即座に判断するが,slow頭脳はデータを分析し,思考して結論にもっていく.そう言われれば確かにそうだ.若い頃に時々バーに行くことがあったが,若いママは自分の店を持ったばかりだったので,気が張って多少ピリピリしていた.ドア開けて客が入ってくると,チラッと見てパッと品定めをするようなのだ.聞いてみると,どんな客か分からなければ応接できないという.それは尤もだが,品定めを数秒間でやってしまうことに興味を持ったのだ.いや,通ったのはママがしゃきしゃきした美人であったためだが(仙台の有名クラブのナンバー2だったそうだ).
 slow頭脳の典型は研究者だろう.母ちゃんをだっこだっこしながらも,ナンデ気持ち良くなるんかなーなどとついつい思ってしまう.これでは病気人間だ.fast頭脳の方がホントの人間のように思えるのは,こっちの方が古くから鍛えられてきた頭だからだ.いちいち分析してあーでもないこーでもないなどとやっていたらライオンの餌食になってしまう.それにしても,fast頭脳はどのように頭を働かせているのだろう? とにかく速いのだから,多分パターンマッチングだろう.頭の中にたくさんの下駄箱があって,いろんな経験が整理されて放り込まれている.状況に遭遇したとたんに“あれだ!”といって下駄箱から過去の経験的情報を引き出して当てはめるので,パッと答えが出てくる.
 でもパッと答えを出してしまうだけに,このfast頭脳はたくさんの思い違いをやらかす.ダニエル・カーネマンは,このfast頭脳がやらかすの思い違いや間違いのケースをこれでもかこれでもかと書いている.何せパッと見てパッと答えを出すのだから,楽なのだ.ついついfast頭脳だけの人間になっているかもしれない.fast頭脳の欠陥を自覚していれば,過ちを少なくできるだろうというわけである.なかなか面白いので一読をお勧めする.
 

今の憲法は自分たちが作ったものでないからダメ?

 いよいよ憲法を「変えろ」,「守れ」の声がさわがしくなった.「変えるべき」の理由のひとつに「自分たちで作ったものではないから」がある.この意見は一見もっともらしく聞こえる.単純なだけに心情に響きやすいのだろう.だが,まったく間違っている.
 少し,歴史をさかのぼってみて欲しい.明治維新は欧米の文化に触発されて始まり,積極的に取り入れた.自前のものは多少はあっただろうが,大部分は「自分で作った」のではなく,欧米に学んだのである.「民主主義」や「言論の自由」や「基本的人権」等など,今でこそもはや慣れ親しんでいて当たり前のような雰囲気だが,これも学んだものだ.
 もっと分かりやすいのは自然科学の世界だ.人類はその研究成果の恩恵に浴している.この自然科学の世界では,その研究成果が,どの国の研究者で挙げられようと,有名な研究者であろうと無名であろうと,男・女どちらであろうと,貧乏人であろうと金持ちであろうと,信じている宗教がなんであろうと・・・・・・,そんなことは何~にも問題にされない.要するに最初っからそんなことはどうでもいい.正しいものは正しい,それだけの世界だ.だからこそどんどん進歩する.
 こういう世界と比べれば,「自分たちでつくったもの・・・・」の世界がいかにみみっちいか,すぐ気がつくだろう.私は70歳だが,日本国憲法は高校でしっかり教わった世代だ.日本国憲法に初めて接した時は大いに感動したし,全文暗記した.もちろん大学の入学試験にもどんどん出題された.今,日本国憲法を読んでもみずみずしく,これでなっきゃーというおもいを改めて強くする.
 うまいものはうまいし,良いものは良いのです.
プロフィール

大槻憲四郎

Author:大槻憲四郎
私は数年前に大学を退職した地学の研究者ですが、その後も研究を続行している初老です。
研究が趣味みたいなもので、一種の偏執狂かなー
70年近く生きて来ましたが、常に中心からはずれた所を歩いて来たように思います。そのような変な人間の目から見ても、今の世の中はこれまでになかったほど変だと感じます。どう変なのか、どう理解し、考えをどう変えたらいいのか・・・・知恵を出し合って考えましょう。

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